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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)327号 判決 2000年2月03日

原告

【A】

訴訟代理人弁護士

丹羽一彦

田中克幸

同弁理士

【B】

同復代理人弁理士

【C】

被告

大塚化学株式会社

代表者代表取締役

【D】

訴訟代理人弁理士

【E】

【F】

【G】

【H】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1請求

特許庁が平成9年審判第10972号事件について平成10年9月24日にした審決中、「特許第1605338号発明の明細書の特許請求の範囲第1項に記載された発明についての特許を無効とする。」との部分を取り消す。

第2前提となる事実(当事者間に争いのない事実)

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「金属水酸化物または金属酸化物を被覆したチタン酸アルカリ繊維およびその製造方法」とする特許第1605338号発明(昭和61年6月24日特許出願、平成3年5月13日設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。

被告は、平成9年6月30日、本件発明の登録を無効とすることにつき審判を請求した。

この請求は、平成9年審判第10972号事件として審理され、原告は、同年10月28日付け訂正請求書により訂正(本件訂正)の請求をしたが、特許庁は、平成10年9月24日、「本件発明の特許請求の範囲第1項に記載された発明についての特許を無効とする。特許請求の範囲第4項、第6項に記載された発明についての審判請求は成り立たない。」旨の審決をし、その謄本は、同月28日原告に送達された。

2  本件訂正前の本件発明の要旨

(1)  特許請求の範囲の請求項1に記載された発明の要旨(本件訂正後も同じ。以下「本件請求項1に係る発明」という。)

表面に金属酸化物またはNi、Cu、Co、Fe、Al、Zr、Pbのうちから選ばれた1以上の金属酸化物が被覆されたチタン酸アルカリ繊維。

(2)  特許請求の範囲の請求項4に記載された発明の要旨

金属イオンの溶液にチタン酸アルカリ繊維を混合し、チタン酸アルカリ繊維表面に金属水酸化物またはPb酸化物を沈着するチタン酸アルカリ繊維の製造方法。

(3)  特許請求の範囲の請求項6に記載された発明の要旨

金属イオンの溶液にチタン酸アルカリ繊維を混合し、チタン酸アルカリ繊維表面に金属水酸化物を沈着したのち、これを熱処理し表面に金属酸化物を被覆するチタン酸アルカリ繊維の製造方法。

3  審決の理由

審決の理由は、別紙審決書の理由写し(以下「審決書」という。)に記載のとおりであり、特許請求の範囲の請求項6、7を削除しようとする本件訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるが、本件請求項1に係る発明は甲第2号証(特公昭43-8936号公報。審判甲第1号証)に記載された発明であり、特許出願の際独立して特許を受けることができないから、本件訂正は認められないと判断した上、請求の理由(1)(本件請求項1に係る発明の甲第2号証(審判甲第1号証)又は審判甲第2号証との同一及び甲第2号証に基づく容易推考)については、本件請求項1に係る発明は、甲第2号証に記載された発明であるから、特許法29条1項3号に違反して特許がされたものであり、無効である、請求の理由(2)(本件請求項6に係る発明の審判甲第3号証との同一及び容易推考)、及び請求の理由(3)(本件特許明細書の記載の特許法36条違反)は理由がなく、本件請求項4、6に係る発明の特許を無効とすることはできないと判断した。

第3審決の取消事由

1  認否

(1)  審決の理由Ⅰ(手続の経緯)及び同Ⅱ(請求の理由)は認める。

(2)  審決の理由Ⅲ(訂正の可否)のうち、審決書7頁6行ないし14行、及び8頁18行ないし10頁3行は争い、その余は認める。

(3)  審決の理由Ⅳ(本件発明の要旨)は認める。

(4)  審決の理由Ⅴ(対比及び当審(審決)の判断)のうち、審決書11頁7行ないし15行は争い、その余は認める。

(5)  審決の理由Ⅶ(結び)のうち、審決書14頁13行ないし15行は認め、その余は争う。

2  取消事由

審決は、本件請求項1に係る発明の解釈を誤り、かつ、甲第2号証(審決甲第1号証)の記載事項の認定を誤ったため、本件請求項1に係る発明は甲第2号証に記載された発明であるとして、独立特許要件についての判断を誤り、かつ、本件請求項1に係る発明の新規性についての判断を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(本件請求項1に係る発明の解釈の誤り)

審決は、「被請求人(原告)は、本件発明の「表面に金属酸化物が被覆されたチタン酸アルカリ繊維」は、一本毎の各繊維に金属酸化物が被覆されたものであると主張するが、本件特許明細書には、文字どおり「表面に金属酸化物が被覆されたチタン酸アルカリ繊維」と記載されるだけで、一本毎の各繊維に金属酸化物が被覆されたものであると断定できるものではない。即ち、本件発明のチタン酸アルカリ繊維は、一本毎の各繊維に金属酸化物が被覆されたものに限らず、何らかの形態で表面に金属酸化物が被覆されていれば良い場合を包含するものであ(る)」(審決書8頁18行目ないし9頁8行)と判断するが、誤りである。本件請求項1に係る発明においては、チタン酸アルカリ繊維は1本ごとの繊維の表面全部に金属水酸化物又は所定の金属酸化物が被覆されていなければならないものである。

ア 通常の意味で「被覆」といえば、内容物を他の物が「おおいかぶさっている」ことである。広辞苑第五版は、「被覆」とは「おおいかぶせること」(2265頁)、岩波国語辞典第五版は、「物の表面を他の物でかぶせ包むこと」(992頁)とそれぞれ解説している。したがって、「被覆」とは、格別「一部」と言わない限り全部をおおいかぶせることを意味しているものである。このような日本語の通常の解釈に従えば、本件請求項1に係る発明における「被覆」は、金属水酸化物又は金属酸化物が「チタン酸アルカリ繊維」の表面におおいかぶさっていることを意味していることは明らかである。

イ この点は、本件特許明細書の記載からも明らかである。

(ア) すなわち、本件特許明細書の「発明が解決しようとする問題点」の欄で、「チタン酸アルカリ繊維表面と基材であるプラスチックスや金属とは界面の密着性がよくない」(甲第3号証3欄18行ないし20行)のに対し、「一方、金属水酸化物や金属酸化物はプラスチックスや金属との界面での密着性がよく、耐薬品性にも優れているが、形状を繊維状に生成することがむずかしい」(同3欄23行ないし26行)ことを指摘した上、「本発明は、工業的に利用できる程度に安価でかつ安定的に繊維表面に金属水酸化物または金属酸化物が被覆されたチタン酸アルカリ繊維・・・を提供することを目的とする」(同3欄32行ないし35行)と述べている。

このように、本件請求項1に係る発明は、チタン酸アルカリ繊維の表面の性質の改善を目的としており、他方、プラスチックスや金属との界面密着性のよい金属酸化物等は繊維状に形成することが困難であったが、これをチタン酸アルカリ繊維の表面を被覆することで、あたかも金属酸化物等の繊維を生成したかのようにすることを目的としているが、このような本件請求項1に係る発明の目的からすると、「表面を被覆」するということは、チタン酸アルカリ繊維を核として金属酸化物等がその表面を被覆し、あたかも金属酸化物等の繊維であるかのような繊維を生成することであることは明らかである。逆に、繊維の一部にプラスチックスや金属と密着性のよい金属酸化物等が被覆していないとすると、コアたるチタン酸アルカリ繊維の表面が露出することとなり、これによりプラスチックスや金属と「密着性がよくなく」なり、「アルカリ成分の溶出がしばしば起こる」こととなり、プラスチックスや金属の強化剤としての効果を著しく損ねることとなり、「着色」効果も不十分となってしまう。

(イ) 本件特許明細書には、本件発明にいう「チタン酸アルカリ繊維とは、化学式がnR2O・mTiO2・lH2Oであって、チタン酸アルカリ繊維の短径対長径の比(アスペクト比)が1:10以上のもの」(4欄41行ないし最終行)であり、しかも、この繊維の「形状は微細で」(5欄30行)、その「表面は活性が高(く)」(5欄23行)、「酸性溶液に混合すると溶液にアルカリ金属イオンを放出(し)」(5欄26行ないし27行)、溶液中の「金属イオンがこの繊維表面に沈着する」(5欄33行)ことで金属酸化物等が繊維表面を被覆する旨の記載がある。つまり、個々のチタン酸アルカリ繊維の表面がこのように活性があるために、繊維内のアルカリ金属イオンの放出といわば交替する状態で金属酸化物等が繊維表面に沈着し、表面を被覆していく作用がある(6欄36行ないし37行)。

(ウ) さらに、実施例(同6欄22行以下)のすべてにおいて、チタン酸カリウム繊維としてはチタン酸カリウムまたはその派生物質を用いているため、繊維表面全体にカリウムイオンと金属イオンの交換反応が起きていることが開示されている。

(エ) 本件特許明細書の「発明の効果」欄には、「本発明の第一の発明により得られる繊維材料は分散性、接着性、濡れ性などが良く、しかも安価であるので、繊維強化複合材料製造などに適している。さらに、ほうろうなどの表面にコーティングすることにより耐化学性が向上し、表面コーティング材として用いることができる。また、これら繊維の色を利用して着色材料としても用いることができる。」(11欄26行ないし12欄5行)と説明されている。特にここで「分散性」の良さに言及していることは、個々の繊維の特性が重要であることを示唆している。

ウ また、本件特許の出願当時、「チタン酸アルカリ繊維」といえば、チタン酸カリウムウィスカーが知られていた。このチタン酸カリウム繊維は6チタン酸カリウムからなる繊維であり、これは当時イオン交換性を示さないミクロン単位の微細な短繊維として知られており、製品としては白色の結晶体であった。したがって、「チタン酸アルカリ繊維」は、当時の当業者にとって、ミクロン単位の微細な結晶状の繊維を想起させたものであり、繊維によって成形するものを意味しないことは明らかである。

(2)  取消事由2(甲第2号証の記載事項の認定及び対比判断の誤り)

審決は、「本件明細書の実施例1の方法にて得られた「表面にAl或いはZrの酸化物が被覆されたチタン酸アルカリ繊維」と、刊行物1(本訴甲第2号証)の例えば実施例3の「繊維状チタン酸カリウム製品を製造した後、(1)~(5)の工程を経て形成されたブロック材料の繊維状チタン酸カリウム材料」或いは同実施例6の「ブロック材料の繊維状チタン酸カリウム材料」とでは実質的な相違が認められない」(審決書7頁6行ないし14行)と判断するが、この判断は、甲第2号証に、1本ごと被覆されたチタン酸アルカリ繊維が記載されているとの認定を前提としている点でも誤りである。

ア 甲第2号証に記載の発明は、その実施例3や実施例6にあるように、交さ結合で補強された繊維状チタン酸カリウムのブロックについてのもので、そこには個々の繊維を被覆することの示唆はない(甲第6号証-原告陳述書、甲第7号証-実施例(3)及び(6)の確認試験報告書)。

(ア) すなわち、甲第2号証の実施例3には、アルミニウム酸化物がチタン酸カリウム繊維表面全部を被覆することになることの開示も示唆もない。これらの工程の内容は、その前提として「みょうばん溶液」を継続的に添加しているからpH9.6の溶液中では低濃度のゲル状態となって、一種のバインダーの役割を果していることを示している。このゲル状溶液中に浮遊繊維を混合したものを濾過することにより、このバインダーが主として不規則な交さ結合を形成するために消費されたものと考えられる。したがって、この濾過工程を経て初めてみょうばんを加えた効果が現れ、ブロック体のたわみ強さが増すことになる。したがって、実施例は、「ブロックを形成させ」あるいは「ブロック材料」を得ることを目的としている。

(イ) 甲第2号証の実施例6では、ZrCl4添加は繊維間の交さ結合の形成のために使われており、繊維表面の被覆目的ではない。このことは、8頁右欄9行に「ブロックを形成」するとの記載があることからも明らかである。

(イ) 甲第2号証表3では、「Ⅲ被覆」とある以外には全く「被覆」の記載はなく、この被覆は上述の交さ結合による補強を意味するための簡易・便宜の表現である。そして、その他の実施例には被覆が使われていない。

イ 被告は乙第1号証の1、2に基づき、甲2の実施例3及び実施例6を追試した旨主張するが、これは、到底追試と呼ぶことができるものではない(甲第14号証)。

(ア) すなわち、乙第1号証の1の図4は、処理前試料と処理試料との倍率を大きくかえて写真をとり、しかも透過型電子顕微鏡(TEM)によったため、全く「被覆」を立証できていない。

(イ) 元素分析(EDS)も、「被覆」を立証できていない。乙第1号証の1の図5(EDS)の試料2ないし4の表には、ビームスポット径の表示が消去されている。しかし、EDSの測定は銅を含む金属試料台上の繊維試料を測定しているため、ビーム径が繊維の径より大きければ、試料台中の銅のピークが検出されてしまうことになる。

(ウ) また、乙第1号証の1の試料4は、試料2を出発物資としているとは到底いえない繊維径からなっている。被告が追加して提出した乙第1号証の2によると、繊維径は、同一写真上の100ナノメータのスケールを基準とすると200ナノメータ強であることがわかるが、これは、乙第1号証の1の試料2の繊維(400ナノメータ)とは別異のものである。

(エ) さらに、乙第1号証の1の図1試料の1万倍の倍率の繊維は400ないし500ナノメータであるが、図3のZr処理の同倍率の繊維は200ないし900ナノメータで、両者の相違はかなり著しい。それにもかかわらず甲第2号証の分析値と乙第1号証の1のA(6)の分析値が3桁まで一致していることは、実験の常識では考えられない。

第4審決の取消事由に対する認否及び反論

1  認否

原告主張の審決の取消事由は争う。

2  反論

(1)  取消事由1(本件請求項1に係る発明の解釈の誤り)について

原告の主張は、特許請求の範囲の記載に基づかないものであって、失当である。

ア すなわち、金属酸化物等による繊維の被覆状態を特定する要素としては、被覆量、被覆厚み、被覆形態、被覆強さ等が挙げられる。本件請求項1に係る発明が「物の発明」又は「材料発明」として公知の材料と被覆状態が相違するのであれば、その被覆状態までも具体的に特定されなければならない。ところが、本件請求項1に係る発明のチタン酸アルカリ繊維は、その特許請求の範囲において、金属酸化物等の被覆量等について何の限定も設けられていない。

したがって、本件請求項1に係る発明の表面に金属酸化物等が被覆されたチタン酸アルカリ繊維は、繊維表面全部を被覆するもののほか、例えば繊維表面80%を被覆するものなど実質的にあらゆる被覆状態のものを包含すると解するのが相当である。

イ 本件請求項1に係る発明における「被覆」の意味が明確である以上、発明の詳細な説明や実施例を参酌して特許請求の範囲の用語を限定的に解釈することは許されない。

仮に、本件特許明細書の発明の詳細な説明等を検討しても、本件請求項1に係る発明が1本ごとの繊維に金属酸化物等が被覆されたものであることを示すに足りる記載はなく、また、他の被覆状態を積極的に排除する記載も特にない。

ウ 原告は、国語辞典の記載に基づく主張をするが、「被覆」という用語それ自体の意味は、確かに「おおいかぶさっている」、「物の表面を他の物でかぶせ包む」であるが、具体的におおいかぶさっている「程度」や「度合い」までを特定するものではないから、この点の原告の主張は失当である。

さらに、原告は、チタン酸アルカリ繊維における繊維サイズの違い等について主張するが、本件請求項1に係る発明のチタン酸アルカリ繊維については文字どおり「チタン酸アルカリ繊維」と記載されているだけであって、種類や形態につき何も限定されていないのであるから、原告の上記主張も失当である。

(2)  取消事由2(甲第2号証の記載事項の認定及び対比判断の誤り)について

仮に、本件請求項1に係る発明の繊維が1本ごとに金属酸化物等で被覆されているものだとしても、甲第2号証の繊維も1本ごとに金属酸化物で被覆されているから、本件請求項1に係る発明は甲第2号証と実質的に同一である。

ア すなわち、甲第2号証の実施例3又は実施例6では、繊維状チタン酸カリウムを水中に分散させ、これに金属塩溶液を加えて反応させ、ろ過し、水洗することが示されている。ここで、ある1本の繊維に着目すれば、金属塩溶液との反応-ろ過-水洗という一連の工程にわたり、その1本の繊維全体にわたり均一な処理を受けることとなる。そうすれば、甲第2号証の繊維は、1本ごとに金属酸化物で被覆されていると解するのが相当である。

事実、甲第2号証の表3(8頁)でも「被覆」という用語が記されている。

イ 原告は、甲第6、第7号証に基づき、甲第2号証の実施例3及び実施例6では繊維表面を被覆することはできない旨主張するが、甲第6、第7号証は、甲第2号証の実施例3及び6を正確に追試したものとはいえず、採用することができない。

(ア) 第一に、甲第2号証の実施例3は、繊維状チタン酸アルカリの製造からブロック作製までの一連のプロセスからなるものであるが、甲第7号証では繊維状チタン酸アルカリの製造工程が実施されていない。繊維状チタン酸アルカリの製造段階から実施していなければ、実施例3でどのような繊維状チタン酸アルカリが得られるか分かるはずがない。甲第2号証では、四チタン酸アルカリも積極的に使用できることが明記されている(例えば、甲第2号証3頁右欄3行ないし12行など)。それにもかかわらず、六チタン酸アルカリに限定して行われた甲第7号証の実験は、その前提において誤りである。

(イ) 第二に、甲第6号証で原告が甲第7号証の技術解説をしているが、甲第2号証の実施例3及び実施例6の結果と明らかに矛盾している点がある。

すなわち、甲第6号証3頁14行ないし25行によれば、甲第2号証の実施例3や実施例6では、接着又は結合に寄与する水酸化アルミニウムや水酸化ジルコニウムはわずかであり、その大半は濾過によって除去されてしまうという。

これに対し、甲第2号証の表3には、実施例3におけるアルミニウムの仕込み量と最終製品中のアルミニウム量、実施例6におけるジルコニウムの仕込み量と最終製品中のジルコニウム量(いずれも酸化物換算)が示されている。表3によれば、実施例3では、アルミニウムの仕込み量が4.0%であるのに対し、最終製品中のアルミニウム量は3.87%であり、仕込み量の約97%が最終製品中に存在している。実施例6にあっては、ジルコニウムの仕込み量6.3%に対し、最終製品中は6.3%であり、仕込み量の100%がそのまま最終製品中に存在している。すなわち、実施例3や実施例6では、アルミニウム成分やジルコニウム成分は濾過によって除去されることはなく、むしろその大半が製品中に存在するものである。

このように、水酸化アルミニウムや水酸化ジルコニウムの大半は濾過によって除去されてしまうとする甲第7号証の実験結果は、甲第2号証の示す事実に反する結果となっている。

さらに、甲第7号証には、試験結果にも重大な欠陥がある。甲第7号証では、試験結果として処理後のチタン酸カリウムについて、その電子顕微鏡写真しか示されておらず、化学分析等の結果が全く示されていない。上記報告書の考察では、繊維上に凝集している反応生成物は水酸化アルミニウム又は水酸化ジルコニウムであるという前提で説明しているが、何をもってその凝集物が水酸化アルミニウム又は水酸化ジルコニウムと同定できたのかが全く不明である。

しかも、甲第7号証によれば、比較原料として4チタン酸カリウムを用い、6チタン酸カリウムとの被覆の違いを対比しようとしているが、これは何の比較にもなっておらず、全く採用の余地がない。比較試験というのは、比較すべきパラメータ以外のパラメータを等しくして実験しなければならないのが大前提であるにもかかわらず、甲第7号証ではその前提が全く無視されている。

ウ かえって、被告が行った実験結果(乙第1号証の1、2)によれば、甲第2号証の実施例3及び実施例6では、繊維状チタン酸アルカリの表面全体がアルミニウム及びジルコニウムの含水酸化物でそれぞれ被覆されることが明らかである。

原告は、甲第14号証(第2陳述書)を提出して乙第1号証を批判するが、いずれも具体的な根拠やデータが何ら示されておらず、客観性に欠けるものであって採用することができない。

(ア) すなわち、原告は、被告が行った追試における製造過程での分析値が一致していることが不可解であるというが、実施例3の製造条件と一致するように実験することがまさしく「追試」であって、何も不可解な点はない。

(イ) 原告は、被告の試料2ないし4の繊維径を算出し、その違いを根拠に試料2は試料4の出発物質でない旨主張しているが、繊維径をどのようにして算出したのかが全く開示されておらず、その根拠に欠ける。また、その繊維径の違いから、なぜ試料2は試料4の出発物質でないことが直ちに断定できるのかという根拠も一切示されていない。

(ウ) 原告は、図4の試料3及び試料4のTEM写真の倍率が5万倍であるのに対し、試料2の倍率は3万倍であることを指摘している。しかしながら、そもそも試料2は被覆処理が一切なされていないものであり、たとえ倍率を5万倍にしても繊維表面は3万倍の場合と実質的に同じ外観を有することは明らかである。被告が追加して提出した乙第1号証の2(試料2の5万倍のTEM写真)から明らかなように、試料2の5万倍のTEM写真においても、3万倍のTEM写真と同様、その繊維表面が平滑になっていることが分かる。

(エ) さらに、原告は、EDS分析に関し、ビームスポット径の違いを指摘するが、繊維表面全面に被覆層が形成されていることは既に乙第1号証の1の図3で確認できており、その被覆層の構成元素が何であるかを調べたのが本件EDS分析である。そのため、仮にビームスポット径に原告主張のような違いがあったとしても、もともと繊維表面上に被覆層がなければビームスポット径が大きくても小さくても被覆層の構成元素は一切検出されないし、繊維表面上に被覆層が形成されていればビームスポット径が大きくても小さくても被覆層の構成元素の種類を確認できるのである。したがって、原告のこの点の主張も理由がない。

理由

第1取消事由1(本件請求項1に係る発明の解釈の誤り)について

1  本件請求項1に係る発明の要旨が特許請求の範囲第1項に記載のとおり、「表面に金属水酸化物またはNi、Cu、Co、Fe、Al、Zr、Pbのうちから選ばれた1以上の金属酸化物が被覆されたチタン酸アルカリ繊維。」であることについては、前記のとおり、当事者間に争いがない。

2  この特許請求の範囲第1項の記載によれば、チタン酸アルカリ繊維の表面の「被覆」の形態に関し、金属酸化物等が1本ごとの繊維の表面全部を被覆する等の限定はされていない。

したがって、本件請求項1に係る発明は、原告が主張するように、金属酸化物等が1本ごとの繊維の表面全体を被覆するものに限定され、それ以外の被覆形態のものを含まないと解することはできない。

3  この点は、本件特許明細書の発明の詳細な説明を参酌しても同様である。

ア  すなわち、甲第3号証によれば、本件特許明細書の発明の詳細な説明には次の事項が記載されていることが認められる。

(ア) 産業上の利用分野

「本発明は、表面に金属水酸化物あるいは金属酸化物が被覆されたチタン酸アルカリ繊維・・・に関する。

本発明による生成物は強化複合材料の繊維材料またはほうろうの表面コーティング材あるいはこれらの着色材料として利用するに適する。」(3欄3行ないし8行)

(イ) 従来の技術

「チタン酸アルカリ繊維は、その個々の形状が微細な繊維状であり、その個々に短径対長径の比(アスペクト比)が大きいものである。これは耐薬品性、耐熱性、分散性などに優れた比較的安価に製造できる人工鉱物繊維である。このため、繊維強化プラスチックスや繊維強化金属の繊維成分として使用されている。」(3欄10行ないし16行)

(ウ) 発明が解決しようとする問題点

「チタン酸アルカリ繊維表面と基材であるプラスチックスや金属とは界面の接着性がよくない。また、チタン酸アルカリ繊維からアルカリ成分の溶出がしばしば起こり、繊維強化の効果を十分に発揮しているとは言えない。

一方、金属水酸化物や金属酸化物はプラスチックスや金属との界面での密着性がよく、耐薬品性にも優れているが、形状を繊維状に生成することがむずかしい。」

(3欄18行ないし26行)

(エ) 問題点を解決するための手段

「本発明の第一の発明は、表面に金属水酸化物または非導電性の金属酸化物が被覆されたことを特徴とするチタン酸アルカリ繊維である。」(3欄37行ないし39行)

(オ) 発明の効果

「本発明の第一の発明により得られる繊維材料は分散性、接着性、濡れ性などが良く、・・・繊維強化複合材料製造などに適している。さらに、ほうろうなどの表面にコーティングすることにより耐化学性が向上し、表面コーティング材として用いることができる。また、これら繊維の色を利用して着色材料として用いることもできる。」(11欄26行ないし12欄5行)

イ  以上の本件特許明細書の記載によれば、本件請求項1に係る発明は、チタン酸アルカリ繊維の表面に金属酸化物等を被覆するとの構成を採用した結果、プラスチックスや金属などの基材に対する分散性、接着性、濡れ性などが良くなり、ほうろうなどの表面にコーティングすることによりほうろうの耐化学性が向上する、あるいは、被覆の色を利用して着色材料として用いることもできる等の効果を達成したものである。

ウ(ア)  上記の効果のうち、被覆の色を利用して着色材料として用いることができるとの効果は、白色であるチタン酸アルカリ繊維の表面上に着色した被覆が存在すれば、被覆された領域が1本ごとの繊維の表面全体であるか否かにかかわらず、着色した被覆の存在量ないし表面の被覆割合に応じて自ずと奏される効果であることは明らかであるから、この効果を達成する上で、チタン酸アルカリ繊維の1本ごとの繊維の表面全体が金属酸化物等で被覆されていることが不可欠であると解すべき理由は認められない。

(イ)  次に、プラスチックスや金属などの基材に対する分散性、接着性、濡れ性などが良くなるとの効果は、「チタン酸アルカリ繊維表面と基材であるプラスチックスや金属とは界面の接着性がよくない」ところ、この接着性のよくないチタン酸アルカリ繊維の表面が「プラスチックスや金属との界面での密着性がよい」物質である「金属水酸化物又は金属酸化物」で覆われることにより奏されるものであるから、その効果は、接着性のよい金属酸化物等が繊維の表面を覆っている割合に比例して向上するものであって、1本ごとの繊維の表面全体が被覆されることが必須であるとする理由はない。

(ウ)  また、ほうろうなどの表面にコーティングすることによりほうろうの耐化学性が向上するとの効果は、アルカリ成分が溶出するとの問題を有するチタン酸アルカリ繊維の表面を、「耐薬品性に優れる」金属酸化物等で覆うことにより奏されるものであるから、十分な効果を達成するには、チタン酸アルカリが表面に露出せず1本ごとの繊維の表面全体が金属酸化物等で被覆されていることが望ましいとはいえるが、表面の一部でも被覆されていない場合、あるいは繊維が1本ごとにバラバラの状態でない場合には全く効果が奏されないとすべき理由はなく、繊維表面の被覆割合の増大に応じ、より大きい効果が達成されるものである。

(エ)  そうすると、本件請求項1に係る発明においては、チタン酸アルカリ繊維の表面が金属酸化物等で覆われている場合には、被覆が1本ごとの繊維の表面全体が被覆されているか否かにかかわらず、被覆割合に応じた効果が得られるというべきである。

(オ)  また、前記アに認定した部分以外の本件特許明細書の記載を検討しても、本件請求項1に係る発明における被覆を1本ごとの繊維の表面全体を覆うものに限定して解すべきことをうかがわせる記載は存在しない。

4  原告は、国語辞書における被覆の定義等に基づき、「表面を被覆する」という語は格別「一部」と言わない限り表面全部を覆い被せることを意味する旨主張する。

確かに、甲第9、第10号証によれば、「被覆」とは、「おおいかぶせること」(広辞苑第五版2265頁)、「物の表面を他の物でかぶせ包むこと」(岩波国語辞典第五版992頁)と説明されていることが認められるが、この説明のみから、格別一部と言わない限り、「被覆」は1本ごとの繊維の表面全部を覆い被せるものに限定されるべきであると認めることはできないから、この点の原告の主張は採用することができない。

5  以上のとおりであるから、取消事由1は理由がない。

第2取消事由2(甲第2号証の記載事項の認定及び対比判断の誤り)について

1  審決が認定した甲第2号証の記載事項(審決書4頁1行ないし6頁1行)それ自体は、当事者間に争いがない。

2  原告は、本件請求項1に係る発明が甲第2号証に記載された発明であるとした審決の判断は、甲第2号証には、1本ごとの繊維の表面全体が金属酸化物等で被覆されたチタン酸アルカリ繊維が記載されているとの認定を前提としている点で誤っている旨主張する。

しかしながら、本件請求項1に係る発明は1本ごとの繊維の表面全体が金属酸化物等で被覆されたものに限定されると解されないことは、前記説示のとおりであり、原告の上記主張はその前提を欠くものというべきである。

のみならず、甲第2号証、乙第1号証の1、2によれば、甲第2号証に記載された発明の繊維も1本ごとに金属酸化物で表面の全体又は相当部分が被覆されているものと推認することができ(甲第6、第7、第14号証をもってしてもこれを覆すに足りない。)、また、仮に甲第2号証に記載された発明の繊維が、原告主張のとおり、交さ結合で補強された繊維状チタン酸カリウムについてのもの、あるいはその他の構造のものであるとしても、フェルト状又はブラシヒープ構造の繊維、交さ結合した繊維はいずれもその表面に少なくとも部分的に被覆が形成されているものと認められる。

3  いずれにしても、本件請求項1に係る発明は、前記のとおり、1本ごとの繊維の表面全体が金属酸化物等で被覆されたものに限定されず、1本ごとの繊維の表面全体ではなく部分的に被覆されたものをも含むものであるから、甲第2号証に記載された発明と本件請求項1に係る発明とが、構成において異なるということはできない。

したがって、これと同旨の審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由2も理由がない。

第3結論

以上によれば、原告の請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

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